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ばろねーど

前にも言ったけど誕生日いっしょですね

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06

13

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13日の月曜日

誕生日だ・・・・・・。

つーわけで俺も16になったわけだが、ブログのネタとしてこれまでのネット歴を語っていこうかなとか。
そして過去を振り返ることで反省をしこれからの生活になんとかってことはない、と。
追記読みにくいけど長すぎるんで。
今だから言えることとか、かけるといいな?


ばろん>
おひさ。
今度対戦でもしようず

多分だけど、俺が初めてネットに触れたのは小学校の3年生の時。
家にあったパソコンってヤツを触ってみたくて、いろいろ親父に言ってた。
するとワードを開いて、ローマ字入力の練習をしてた記憶がある。
家族の名前とか、周りにあった家具を全部平仮名で。
そういえばこの時って既にアルファベット読めたのかな?ていうか普通読めるもん?
まあそんで、この時からなんとかローマ字で打てるようになってた。
ガキだからさー、パソコンでやることっつってもゲームぐらいしかなくて。
そのパソコンにはなんとかゲームパックってやつがインストールされてて、割とそれで遊んでた。
んで、そのうちネットを繋いで、「オンラインゲーム」ってやつをやるようになった。
(今もあるけど)昔、「ネットマーブル」というゲームサイトがあったのを知っているだろうか。
今では他のオンラインゲームと繋がって置いている感じだが、確か当時はオリジナルのゲーム、ハンゲームでいう「かんたんゲーム」みたいなやつがいっぱいあった。
俺は親に頼み込んで、メールアドレスを入力してもらって、会員登録した。
そのとき遊んでいた『アサルトギア』ってゲーム。あれマジ神ゲーだったわ。今でもやりたいぐらい。
あれなんでなくなっちゃったんだろうなー・・・・・・。
まあそんでもって、4年生になると、今度はハンゲームってやつを見つけてやりだした。
ハンゲームも大分変わったが、俺が知る限りでも昔はもっと面白かった。
まず、「マイページ」の充実度。いつリニューアルしたかしらないけど、あの頃やってた人はわかると思う。
あれマジ楽しかったっしょ?いまだともう「マイホーム」すらないでしょ、アレが楽しかったんだなー。
ハンコイン(課金)でペットが買えてさ、それを育成したりとか、そのため土地を探して家たてたりとかさー。知ってる人いるでしょ!?
懐かしいなーあれマジ好きだったわ。無料でもらえるペットが綿毛のなんかアレ犬?みたいなやつで。
んでアバターも今みたいにシャープな感じじゃなくて。んで当時はお小遣いをハンコインにしてもらうことは結構反対されたんだよなww
何回か頼むとやってくれて、服とか買ってアバターに着せた。すげーやりこんでる大人たちみたいにジャラジャラした感じじゃなかったけど。
んで、当時だと結構大きかった500円を課金して買った、ペットのミニドラゴン。
こいつ育成するのすげー楽しかった。デフォは緑でちっちゃいと可愛いんだけどさ、あれ頑張って育てると大きくなってめっちゃかっこよくなるからww
んで、今度はペットの色を買える薬が欲しくなって・・・・・・みたいな感じで充実してた。
もう一つ違うのは、サークルね、わかるでしょ?
まるッッッッきり!システム変わったよね。
もう完全黒歴史だし記憶も曖昧だからどんなサークルに入って何やってたかはアレなんだけど、知ってる人はわかると思うけど超楽しかったでしょwww
当時あれすげーなーってやってたもん。
まあこんなもんかな。
んで、なんか新しいゲームが出たのかしらんが一時PCをやらなくなった。たまにつけてハンゲームやってたぐらい。

5年生になって、うん多分5年生。割と決定的な出会い。
この頃は俺も割りとアウトドア派だった。
小学校の頃からの付き合いだったため、既にあのアレグロ氏と接触していた。
このアレグロ氏もPCをしているようで、「面白いサイトがあるよニヤリ」という感じで俺に接触してきた。
今思えばこの時既に、俺は引き返せない世界への道へ背中を押されていたのかもしれない。

とまあ、一つのサイトを紹介された。
隠す必要はないと思うからあげるけど、『星のカービィ完全攻略』というサイトだ。
問題なのはこのサイトじゃなく、このサイトのコンテンツの一つだったCGIゲーム、FFAことその独自改造版、「カービィアドベンチャー」だ。
今までにいろんなFFAを見てきたけど、正直ここを超えるFFAは見たことない、色んな意味で、ガチで。
「カービィアドベンチャー」、通称「カビアド」に、当時5年生だか4年生だった俺の心は虜にされていた。
一発屋の自己満足管理人が作るFFAは、基本プレイヤーの為()を思って待ち時間が30秒、またはそれ以下だ。
だがこのカビアドは確か通常戦闘でも60秒かかる。当時は凄く長く感じていた。
それでも、それからは休みの日は朝起きるとすぐパソコンをつけて寝るまでカビアドで自分のデータのレベルを上げ続けた。
紹介してくれたアレグロ氏はレベル300とかだったのに俺は普通に1000いくらとかぐらいまでやってた。
この時、確かあのらうす氏も少しプレイしていたと思う。

このカビアドでの活動が少し緩くなると、そこに設置されているチャットに出入りするようになった。
ガキはガキなりにマナーよくつかえていたと思う。
そうそう、この頃から多人数が利用する掲示板とかチャットとかよくやってて、俺らみたいなガキの利用が多いから管理人さんも注意とか丁寧に書いてくれて、ネットマナーとかに関してはこの辺から培われてきてるんだな、とか。
そんで、チャットのある日。
ここでまた一人、運命的な出会いをしてしまう。
その人のハンドルは「エンヌ」さんといった。
後に「N」と名前を変えて、俺らは「Nさん(えぬさん)」と呼んでいた。うっわ懐かしいなww
聞けばその人は俺たちと同い年で、チャットで「ボクも今FFAを作っている」という話をしていた。
そのときは確か俺とらうす氏がチャットにいたと思う。
そして踏み入れてしまったページ、NさんのFFA「カービィアドベンチャー・ジャンプ」というFFAだ。
わかると思うが俺がいたこの界隈は主にカービィとかマリオ、任天堂系の攻略サイトとかゲームサイトだ。
まあ意図してきたわけではなく、紹介からの巡り会わせなのだが。
この「ジャンプ」というのは、週刊少年ジャンプのことだ。
当時サイトも運営していたNさんも小学生、当然ジャンプに興味があっても不思議ではない。俺も好きだった。
この会った時から、サイトを運営していて、FFAを作れる(改造・設置できる)Nさんに、物凄い憧れを持っていた、筈。
少なくとも尊敬はしていた。凄いと思っていた。
チャットに張られたURLに飛んで、そのときチャットにいた少メンバーは全員カビアドJに登録し、プレイしていた。
カビアドのことはどうでもよくなっていた。
人が少ない=1番になれる。多分この理由で、俺は一番になりたくてカビアドJをひたすらやりこんだ。
そしてNさんの管理していたサイト、今は亡き『趣味広場本部』の常連になった。
・・・・・もう「趣味広場本部」って思い出しただけで涙がでそうなほど懐かしいな・・・・・・・。
まあこれは当然みんな知らないサイトだけど、俺にとってはすげー印象深いサイトだった。
ここを訪れなきゃ今の俺は確実にないからなー。

まあその界隈の流れ、というか風潮として、サイトには「管理人」の他に「監視人」ってヤツがいた。
どうでもいいけど、昔「管理人」って肩書きにはすげー重みがあったなあ・・・・・。
んで、管理人>副管理人>監視人、みたいな重要度で、まあいわゆる掲示板とかチャットの見回りだわな。
確か趣味広場本部には副管理人がいなかったんだけど、ある日カビアドJの常連となった俺に、「監視人になりませんか」というNさんの誘いが来た。
「管理人」に憧れていた俺は、高鳴る動悸を抑えて必死にメール文を考えて返した。
そして俺は趣味広場本部の、監視人という役職についた。
そこには「関係者用掲示板」ってのがあって、管理関係者に渡されるパスワード制の掲示板で、そこに入れるというだけで俺はかなり舞い上がった。
さっきいった星のカービィ完全攻略には及ばないものの、当時そこの界隈では「趣味広場本部」はそこそこの規模のサイトだったからなおさらだ。
んで、もともと俺、らうす氏、アレグロ氏もやっていたこともあり、誰が言ったのかは知らないが俺の通っていた小学校の男子に、一時的にブームを巻き起こした。
みんな「カビアドJ」をやりだして、レベル的にもらうす氏、アレグロ氏を除けば圧倒的差で1位に君臨し、かつ「監視人」という役職についていたということもあり、俺は完全に優越感に浸っていた。
でも正直俺はそういう流行で学校のみんながカビアドJをやっているという流れが正直あんまり好きじゃなかった。
まあまあ、そういうこともある。
んで、学校内のブームも少しずつ止んできたあたり、Nさんから言われた。「CGI、勉強してみない?」
当時やりこんでいたこのFFAが、CGIというプログラムで動いている、見たいな感じで、抽象的には掴めていた。
だが、どんなことをするのだろう?なにがいるのだろう?
俺はあまりにも無知すぎた。Nさんがより遠く感じられた。
しかしNさんは俺にあのとほほ解説サイトを紹介してくれて、わかりやすく説明してくれた。
監視人は後から増えて、3人ぐらいいたんだけど、全員説明を聞いてた。
今だから言うけど、正直その説明、あの頃の俺はサッパリわかんなかった。
小学校5、6年で自分の無知に絶望した。
まあそれで「うんうん」返事を返してたら、「今のところ○○(俺のハンドル)さんが一番わかってるようですね^^」って言われたギクッっとした。
でも俺は、「CGIが理解できれば、FFAの管理を任せたい」といわれていたので、必死で理解しようとした。
でもごめんなさい、全然わかってませんでした。

それからなんだかんだあって6年生後半。もういつが何年生とか割と適当です、曖昧です。
「趣味広場本部」に新しいコンテンツが追加された。
あ、ちなみにこの頃、趣味広場行ってたのはもう俺とらうす氏とアレグロ氏ぐらいっす。
んで、追加されたコンテンツこそ、「管理人合成ポケモン展示室」だった。
まあ、衝撃的だったね。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああ」だったわ。
まあ冷静に見れば、Nさんの合成ポケモンは酷いものだった、技術的にね。
それでも俺は完璧に魅せられた。ちなみにまだカビアドJはプレイしてた。
リニューアルし、カービィアドベンチャー・ジャンプ改になった。
このFFAで、プログラム的に俺が介入することはなかったけど、俺のアイデアとかはすげー取り入れてもらって、かなり嬉しかった。
んで、ある日らうす氏に言われた。「合成ポケモンやろうぜ」
運命の歯車は、廻り出す――――

疲れた、カット

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